Hammer's-Photo/日々雑観

2007/2/7/雑記。


先日宣言した「脱・勉強不足」に関して。

技術的な事に関して最近では様々な資料などが比較的手軽に手に入り
かなり高度な事も(費用を気にしなければ)実践してみる事が可能になりました。
しかし自分が写真に関する歴史(機材以外の事)や先人たちの業績について
あまりにも無知である事に気付き、多少なりとも知る必要があるのではと思いました。









「デジタルになって画像処理が出来るのを活かしてより絵画的な作品を!」
「いやいや、それではグラフィックアートであって写真ではないではないか!」
「それを言うなら銀塩でないデジタル画像が果たして写真と言えるのであろうか!」

さすがに最近になってこの手の不毛な議論は減りましたが
昨年あたりはまだ結構「旬な」話題でした。

しかし19世紀後半・・・
「絵を描くように様々な手法を駆使して理想の構図・構成の作品を!」
「いやいや、やはり人間の視覚に忠実な肉眼視を目指した作品を!」
「それを言うなら写真と肉眼視では根本的に違うのであって似て非なるものだ!」

・・・まぁ多少強引な比較例ですが(笑)こんな事もあった様です。

知っていれば比較も出来ますが
知らなければ「デジタル時代ならではの新しい議論」などと言ってしまいそうです。
本来語るべきはそこではなく、その先の事についてなのにです。


「あなたの作品は◯◯の撮ったあの作品に似ていますね」
「いや、これは私が考え出した全く新しい撮影法です!」
「しかしこの手法は××年には既に発表されています・・・」

苦労して目指して辿り着いた先がこれでは報われません。
こうならない為の唯一の方法、それが「知る事」なのだと思います。
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by hammer0011 | 2007-02-07 00:00 | Comments(9)
Commented by hanmaondo at 2007-02-10 19:08
とても具体的に説明されていますね。
よく、分かりました。
ハマーさんがこの道のエキスパートになる志をもっているのなら、勿論当然そうあらねばなりません。
頑張って、前進してください。
私は、ド素人として遥か後ろで声援を送ってまーす^^)/
Commented by hammer0011 at 2007-02-11 02:06
ハンマー音頭さん>
エキスパートになれるかどうかは別問題なのでしょうけれど(苦笑)
多分写真趣味における幼年期の終わりなのだと思います。
腕が伴う伴わないとか、まだまだその時期ではない、とかではなく
いつ、そういう事を感じるかなのだと思います。
もちろん今後軌道修正は何度もあるのでしょうが
当面の方向性としては大きく間違ってはいない様な気がします。
Commented by small-talk at 2007-02-11 10:21
遅まきながらコメントさせて頂きます。
少々ハマーさんの論点とは、ずれるかもしれませんが、ご容赦を。。

ハマーさんが例としてあげた例で論じますが、
写真も誕生当時は、絵画的表現(ピクトリアリズム)が主流でした。
その後、写真ならではの表現、ストレート・フォトが主流になりましたが、
では、ピクトリアリズムが完全に否定された訳でもなく、
たとえばエドワード・スタイケンは、
その影響を受けた作品も発表しています。
Commented by small-talk at 2007-02-11 10:22
続きです。

物事を理解するひとつに手立てに、
歴史に学ぶというのは論を待たないと思います。
歴史を知っていれば、その中で構築された方法論や技法を、
少なくとも一から築き上げるのに比べれば、
容易く獲得出来るからです。

では、スタイケンのピクトリアリズム的表現は、
どう解釈すれば良いのでしょうか?
スタイケンは、MoMAのキューレターをした位の人だから、
当然写真の歴史に関しては、造詣が深い筈です。

ここからは僕の憶測ですが、
数ある表現方法の中から、彼の意図を具体化するのに適した方向性を見出し、
その上で独自の表現を構築したのではないかと思います。
(実際、彼は作品によって、様々な表現方法を使い分けています)

つまり歴史を知るという事は、それだけ自分の「引き出し」が
多くなるという事なのではないでしょうか。

過去の作品にはない表現を、という意気込みは理解出来ますが、
その事だけに捕らわれず、様々な表現手段をご自身の中で
租借してみては如何でしょうか。
Commented by hammer0011 at 2007-02-11 11:44
small-talkさん>
コメントありがとうございます。
少し言葉が足りない部分もあり正確な意図が
伝わりきれない部分もありましたが、要約すると
「知らない事によって結果的に真摯である事を阻害する状態の回避」
・・・といったところでしょうか。

自分が少し調べた資料から得た印象は
絵画的視点しか持ちえなかった人々がカメラの大衆化により
写真的視点(肉眼視に近似した視点)を獲得して行った結果
前衛・保守間でのせめぎ合いがあったのだと感じます。

そんな中でも持論を撤回して新たな表現手段を獲得していった
写真家も多く、その点ではまさにsmall-talkさんのコメントの通り
「引き出し」を増やす事によって表現の方向性を多様化させる事が
出来るのだと思います。
Commented by hammer0011 at 2007-02-11 11:56
続きです>
ですからsmall-talkさんがコメントなさっている事と
自分の考えはおそらくそれ程大きく違ってはいないと思います。
自分としては「新しい表現法」にこだわるのではなく
「新しい表現法だと思ってしまう自己満足」を回避したい
という意図が強いのです。

しかしどちらかと言えば「無知の知」よりも「知らぬが仏」の方が
自由奔放・無邪気に活動出来る気もしたりするのですが・・・

もしかしたらsmall-talkさんのコメントの論点からも
ずれてしまったかもしれませんが、お許し下さい。
こういったご意見は自分自身の糧になる部分が大きいので
これからも宜しくお願い致します。
Commented by hammer0011 at 2007-02-11 12:14
追伸>
スタイケンに関しては多くを知らないので調べた範囲での考えです。
彼が周囲の写真家たちから影響を受けていた事は事実らしいです。
もともと持っていたピクトリアリズムの中でもモダニズム的な嗜好が
戦争体験を媒体にして造形性の強い作品、そしてモダンアートへと
昇華していったという風に解釈するのは、やや教科書的でしょうか?

今回の記事はピーター・ヘンリー・エマーソンの頃の時代を
例にしてしまった為「より新しい撮影法の模索」といったイメージが
強い記事になってしまいました。
稚拙な構成の反省点として次回に活かしていきたいと思います。
Commented by small-talk at 2007-02-11 19:35
コメントを拝見して、ハマーさんのおっしゃりたい事が分かりました。
スタイケンは、若くして写真を始め、しかも長生きをしたので様々な作品があります。
元々絵を描いていた事もあり、ピクトリアリズムの影響を受けていたのですが、
スティグリッツといっしょに仕事をしたり、仰せの通り戦争を通して、
写真の記録性を痛感したのか、後にドキュメントを追求するようになりました。

エマーソン、スティーグリッツといった近代写真の方向を決定つけた
時代を知るのは意義のある事だと思います。
Commented by hammer0011 at 2007-02-12 10:10
small-talkさん>
大まかな道筋を知るだけでも面白い経験です。
デジカメの登場により個人が趣味として写真に向き合う
濃度・密度が以前に比べて格段に上がるとともに、
こういった状況は割と一般化している様な気もします。
それ故に過去を知る事はお座なりに出来ないと言う気がします。

現代のデジカメやブログや出版物なども将来的には
これらの歴史同様、影響し合う要因として語られる時が来るのでしょう。