Hammer's-Photo/日々雑観

温故知新 / ギュスターヴ・ル・グレイ

b0106800_12512056.jpg


2005/PhotoShopにて合成加工

試験的に「温故知新シリーズ」と名付けました(笑)
過去に行なわれた技法などを自分なりに試してみようという実験です。

写真史に少し興味を持って調べてみると
過去様々な写真家によって多くの取り組みが行なわれている事を知りました。
それは現在の自分や、現代の状況に照らし合わせてみることも出来ます。
知っている様で知らない事を知らないままにするのは勿体無い事だと感じます。
この色の人名・単語はリンクなどは貼ってありませんが
興味のある方は検索などで調べてみる事をお勧め致します。





天体写真やアソシエイトフォトの分野でのPhotoShopなどのソフトによる合成加工は
賛否両論ありますが現代では比較的ポピュラーな方法のひとつとなっています。

しかし写真の創成期には既に創作意図を持った合成が多く行なわれていました。
画家から写真家へと転身する者も多くフランスで発明された写真は
初期の段階では19世紀ヴィクトリア朝絵画の影響もあり
絵画主義的写真(ピクトリアリズム)が主流でした。

ギュスターヴ・ル・グレイ/1820-1882」は当時の感光素材の限界から難しかった
空と海を同時に写した作品を2枚のネガを合成する事によって仕上げました。
「海景」Marine/1856頃)

今回の画像は実際は露出の違いから
「月の表面が写り、雲が黒くつぶれた画像」と
「月が白く飛び、雲が適正に写った画像」との合成です。
(同時刻・同位置で三脚使用、露出を変えて撮影した画像を合成)

本来ならば元祖同様、海と空で試すと分かり易いのですが
それはまた次回の機会にと言う事で(笑)

もちろん正確な記録としての撮影などの場合にはあるまじき行為ですが
作品制作の一手段として認められているのであれば有効な選択肢のひとつです。


<注意>
完全な独学なので表現等に誤りがある場合があります。
そういった点の御指摘なども含めてコメント頂けますと嬉しいです。
[PR]
by hammer0011 | 2007-02-11 13:00 | Comments(4)
Commented by small-talk at 2007-02-11 19:16
合成写真の歴史は、ほとんど写真の歴史と同じくらいの歴史なのですよね。
たとえばレイランダーは「人生二つの道」で、30枚ものネガを使った
モンタージュを19世紀中ごろに発表しています。

レイランダーの作品は、宗教画を思わせるまさにピクトリアリズムそのもので、
グレイの客観性を追及した故の合成写真とは対極にあるものですが。

合成写真は、Photoshopのようなレタッチソフトで「民主化」されましたが、
ジェリー・ユルズマンのフォトモンタージュなどを見ると、
コンピュータでの合成以前にも非常に精巧な作品があったのです。

旧ソ連の写真などで、思わしくない人物を消してしまうなどの事は
行われていましたし、写真の真偽性というのは
元々それほどあった訳では、なかったのですね。
Commented by etranger1004 at 2007-02-12 02:14
これまでのhammerさんの作品を見ていると、これは
全く合成に見えないですね。
合成についての云々は、それが合成であるということを
潔く認めているのであれば十分立派な作品だと思いますが…。
追伸
↓下のエントリーを見ていると、いかにhammerさんが
カメラに愛情を注いできたのがわかりますね☆
Commented by hammer0011 at 2007-02-12 10:02
small-talkさん>
グレイとレイランダーは現代の状況に照らしてみると
「修正としてのレタッチVS表現としてのレタッチ」といった感じですね。
当時はかなり絵画を意識していたのでどちらも「意図的」という部分に
変わりありませんが「客観性」に関しては大きな違いがありそうです。

正解がある訳ではないのですがこうした議論は今も昔も盛んです。
案外人間の行動・思考は変わっていないのかなという気もします(笑)
Commented by hammer0011 at 2007-02-12 10:18
etrangerさん>
ありがとうございます。
機材に関して個人的には偏愛ではないと思っておりますが
一般社会的には充分偏愛ですよね(笑)

現状銀塩写真の延長線上にデジカメがあり
基本的にはこれらが同一条件に立った時に差がない様な
位置付けを意識・無意識に限らずしている様に思います。
これは選考基準のようなモノであり、そこから離れてしまえば
もはや「何でもあり」の状況なのでしょう。